年末から読んでいた本を、昨日ようやく読み終えました。
僕は本を読むのが遅いんです。
本を読むのはとても好きなんですが、目が疲れてくるのか、単にこらえ性が無いのか、1時間くらいしか連続で読み続けられないんですよね。
ですから1冊の本をちょこちょこと途切れ途切れに読み続けるのが常です。
で、今回読んだ本の一節に、当たり前だけれど趣のある件があったので抜粋してご紹介します。
この本は孔子が書いた『論語』の内容の一部を説明してくださった講和を
記録して本にしたものなので、とても読みやすい文体で書かれています。
(以下、本文より抜粋)
『五十にして天命を知る』
(中略)天が私たち人間を生かしている。いろいろな生命を産み育て働かせている自然のエネルギーを天命といいます。この働きの尊さを(孔子は)五十歳にしてはっきりと知ったということです。これは大事なことです。
天命や自然は、善悪や毀誉褒貶(きよほうへん)のからくりで動いていません。
川の流れや山の活動を見てください。花が咲き、実り、散る。ここに善悪の概念がありますか。
いい悪いなんて、そんな人間のケチくさい概念は、ここには一つもありません。「いい」「悪い」をいってお互いに競争をし、争いをしていることが、いかにつまらないかということです。
人間世界は「いいか悪いか」という概念一つで、多くの生命を奪う戦争までしています。
ただし「いい悪い」という考えは両刃の剣でもあります。「いい悪い」がなければ、人間は成長できないからです。
ですから「いい悪い」という考えをつねに適当に自分で料理しないといけません。自分が主人公になって冷静に深く考えて「いい悪い」を使うことです。人生は「いい悪い」に使われてはいけません。
しっかりと自分の目を持って、自分はどれがいいかということを、自分で決定していくように訓練していくことです。
これは訓練しかありません。最初からできるのではなく、だんだんできていくことです。人間の善悪の考えをうまく調和しながら、天地自然の自由な活動力に帰依して、自分の人生すべてを解決していくことです。
『論語』に学ぶ人間学(境野勝悟 著)より抜粋
(抜粋ここまで)
数十年、数百年を経た建物を見るときは、ここで言われている「天命」/いわゆる天地の道理みたいなものをまざまざと見せつけられます。
人智の及ばない、自然の力。
だからそれに対抗するのではなく、うまく折り合っていける性格の建物を考える。
時が経っても、価値が変わらないところにはきちんと力をいれ、時代の流行に伴って価値が変化する部分には必要以上にこだわらない。
東風ではそういう考えで建物を作っています。
こういう作り手の考えというのは、きちんとした考えを持った人が作ると、建物を見ただけでそれがわかるんですよね。
伝わってくるんです。
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